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  • なぜドイツと日本にこれだけのカメラメーカーが集中したのでしょう。

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    なぜドイツと日本にこれだけのカメラメーカーが集中したのでしょう。
    k5d6h8i3d5e9さん

    なぜドイツと日本にこれだけのカメラメーカーが集中したのでしょう。
    ドイツで言うならライカ、カール・ツァイス(コンタックス)、ローライ等。
    日本ならニコン、キヤノンの二大巨頭に、ミノルタ(コニカミノルタ、現ソニー)、オリンパス、ペンタックス等々、錚々たる顔触れが揃います。

    一方でそれ以外の国は、精々アメリカのコダック、ポラロイド、あとはスウェーデンのハッセルブラッドぐらいで、世界に冠たるカメラメーカーは殆どドイツと日本に固まっているように見受けられます。(ちなみに、所謂「旧東側諸国」に関しては不勉強なため分かりません)。
    特に、超工業立国のアメリカには前記のコダックとポラロイドと、旧くはグラフレックス(スピグラでおなじみの)ぐらいしか目立ったカメラメーカーが思い当たらず(さらに言えばコダックはどっちかというと「フィルムメーカー」のイメージが強く、ポラロイドは所謂「ポラロイドカメラ」イメージが強力すぎます)、アメリカの工業界の規模から考えると少ないように見受けられます(というより、ドイツと日本が多すぎるのかも)。
    さらに、ダゲレオタイプカメラ発祥の地であるフランスにカメラメーカーが存在しているとは過分にして聞き及んでおりません(ひょっとしてらあったのかもしれませんが、少なくともドイツや日本には及んでいないと思います)。

    世界に冠たるカメラメーカーがドイツと日本に集中して生まれた理由は何なんですか?

    違反報告
    質問日時:2009/3/25 14:07:25
    解決日時:2009/3/28 13:41:26
    回答数:6
    閲覧数:3,983
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    ベストアンサーに選ばれた回答
    victrola_talkingさん

    戦後第二次大戦のドイツ降伏により戦前ドイツの持っていた特許が全て公開されたことになっています。
    また大戦中に敵国の製品を無断でコピーした場合も特許の侵害となることは国際法上ありません(アメリカのカードン、日本のニッポン、ロシアのウラルサイドカー等)
    従って戦後ドイツの持っていた技術は世界各国で模倣されます。
    但し戦前写真機をレンズからシャッターを含め自国で生産できた国は限られ戦後1950年代初頭までは戦前と同じ国と言っても過言ではありません。

    ドイツに関してはツアイス財団もありますとおり、飽和しているとはいえ光学分野で頂点に君臨し戦後も極早い段階で東側では特にワルシャワ条約機構の中で技術設計部分を担い、西でも北大西洋条約機構の技術設計を担います。その中での民需ということですので品質上位最高の製品として世界に君臨できたと考えます。

    ここからは多分に私の考察になりますが
    コダックを含めたアメリカは豊富な資金と技術力で、コーティング技術等有用な部分はドイツの技術を取り入れましたが、シャッター特にシンクロに関してとフィルムフォーマットに関してアメリカ国内のコンシュマーリサーチ結果を独自の規格として出し、更に世界標準としようとした節があります。(ボルシーのセットOマチックやインスタマチック等)その為、その後現在に至る世界標準化からで遅れてしまい結果脱落したように思います。

    日本の場合、陸軍がプロイセン陸軍を範としたり、日本海海戦でツアイス双眼鏡が活躍したりと、明治維新から50年間で教育及び工業に関してドイツを範とした歴史があります。(メートルを使う、交流50/60ヘルツ等)
    その為、公開された特許を欧米に先駆けて模倣することが出来、セイコー・シチズン・コパル等でコンパー・プロンタータイプのシャッターを終戦後数年で完成させることが出来、その後のLVタイプも製作可能でありました。また、レンズにおいても日本光学、東京光学等で戦前戦中と日本の軍規格で鍛えられたメーカがそのまま民需に移行しました。
    吉田内閣から鳩山内閣時代外貨獲得が国内至上命題となっており、折からの戦後の世界的写真ブームの中で優秀なるシャッターとレンズの組み合わせと共に、世界知厳しい政府の輸出品検査を施した輸出がこの時代好評を博し、この時点でカメラとしてはドイツ・アメリカ・日本が拮抗しております。
    その後M3ショックによる日本での一眼レフ生産、ライフ誌等での評判、ハイマチック等のNASA採用があり、その頃ドイツ・日本が拮抗してまいります。

    イギリスは戦後植民地の独立及び政権が外貨獲得に精密機器ではなく重機械に重きを置いたことによりカメラは衰退します。

    フランスも戦後植民地の独立及び基より農業国の為外貨獲得を農産物輸出及び原子力発電所立地により電気の売電を外貨獲得の要としたため、こちらのカメラ産業が衰退してゆきます。

    長くなりましたが結言としますと
    ・アメリカが独自規格を押しつけた結果自滅
    ・ドイツは大国援助の中で高品質の製品を設計し続けることが出来た
    ・日本で優秀なドイツ系シャッターを製作出来た
    ・国策として外貨獲得に政府が環境を整えた

    その結果がカメラメーカーがドイツと日本に集中して生まれたことの一因であると存じます。

    違反報告
    編集日時:2009/3/25 18:09:35回答日時:2009/3/25 18:06:52
    質問した人からのコメント

    皆様どうもありがとうございました。
    それぞれの国の歴史的経緯、国民性など、成程と思わされました。
    コメント日時:2009/3/28 13:41:26

    2011/07/22 10:25 | 豆知識COMMENT(0)

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